ZAP  #file 10 -side S-  

 

 


 

 

「ああ、パジャマはこっちな。てめェは靴下もシャツも、ごっちゃに入れてたから分けといた。髭剃りはここ。あとなあ、冷蔵庫もキムチとか腐ってたし全部捨てて掃除しといたからな」
俺の言葉が耳に入ってるのかいないのか、ロロノアの奴は部屋の真ん中に突っ立ってボケッとしている。「おい、聞いてんのか?」
目の前で手をちらつかせてやると、ハッとして俺を見る。
「…聞いてる。世話かけたな、色々と」
「おーお、珍しく素直じゃねェか。アリガトウゴザイマス、って台詞がつきゃ完璧だけどな」
「うるせェ。いちいち恩着せがましいんだよ」
うん、いつもと一緒だな。
生意気なのは気にいらねえが、まあ骨がくっついたばっかりだから勘弁してやる。イマイチ反応が鈍いのは、入院ボケか。気にして損したぜ。こんな野郎がどうしようと知ったこっちゃねェんだが、この所どうしても手をかける事が多かったし…心優しい俺としては放っとけないよなァ。
それに最近コイツは、おかしな行動が多いからな。
退院予定はもっと早かったのに、直前に病院を抜け出して自分の部屋に戻って来たりして。マンション荒しの騒動で、奴は再び腕を負傷して入院が伸びちまった。あの時の事は俺にも引っかかっている。エースと一緒に掃除していたんだが、事件があったとかですぐ奴は帰ったんだよな。で、疲れてたせいかココで眠っちまって…。何だか騒がしくて起きたら、ロロノアがいた。病院にいる筈なのにいた。だから夢なのかと思ったりしたっけ。
そう。夢だと思う。夢の中で俺は誰かとキスをしていた。
ヘンにリアルだったような気もするが。感触とか。息苦しさとか。
目が覚めたらロロノアの奴が傍にいて…けどまさか、だよな。これがエースならまだ納得は行く(受け入れるかは全然別問題として)。仕事が早く済んでここに戻ってきたという理由づけもできないことはないし。でもなあ…ロロノアだぜ?結局、何で病院を抜け出て来たのかは聞けず終いだ。
「──おい、サンジ。これは冷蔵庫に入れときゃいいのか?」
退院の手伝いに来ていたエースがヒョイと顔を出す。俺はロロノアの横をすり抜け、とりあえず食事の準備にかかろうとキッチンに入った。と、ロロノアの奴まで追ってきて、ただでさえ狭いキッチンが男三人で身動きが取れなくなる。
「何だよ」
「いや…その…風呂でも入ろうかと思ってな」
病院じゃ殆ど入れなかったしと、ロロノアはこめかみの辺りをポリポリ掻く。まあそれは言えるかもしれない。汗臭いのは確かだったので俺は無言でタオルを奴に放り投げてから、スーパーの袋から買ってきた食材を取り出した。
ロロノアが風呂に姿を消す。捌くために豚の塊肉を取り出した時、エースが静かに言った。
「何かあったのか」
「…あァ?」
俺は斜め後ろにいるエースをチラリと見る。
「ロロノアの奴と。あいつやたらお前を見てるけど、お前の方は目ェ合わしてないだろ」
「──あんたの気のせいじゃねェの」
「何かあった…と言うより、されたか」
「別に」
第一不確定過ぎて。俺にだって、よく分からねェ事が結構あるのに。
「じゃあ質問変えよう。何かされたら、どうする?」
「あいつが?する訳ねェじゃん」
笑って袖を捲った途端、不意に背中が温くなった。って待て、このシチュエーションは。
「おいコラ!何抱きついてんだよ。血迷ってんじゃねえ!」
「嫌か」
「い、嫌かってあんた」
驚いた。正直パニくった。エースがいきなりこんな行動に出るとは思わなかったんだ。そりゃまあ、俺をそういう目で見てるかもとは思ってたが、二人きりの時にもそんな様子は欠片も見せなかったし俺も油断してたのかもしれない。
「ロロノアの奴なら良くて、俺は嫌か?」
畳み掛けるようにエースが耳元で低く囁いた。生理的にぞくっとする。
「いや、だから、ロロノアは何もしてねェって…!」
必死で体を捩るが、なかなかどうして押え慣れてるのか(流石刑事だ)、抱え込まれた腕の中から逃れられない。
「お前が嫌なら、もうしねェよ。無理強いはしたくない」
「人の話を聞けっての!!」
思わず大声をあげると、ガタンと風呂場のドアを壊しそうな勢いで開け濡れたままのロロノアが飛び出してきた。──全裸で。
エースがロロノアを見て吹き出し、俺からすっと離れる。野郎同士なんだから恥ずかしいとかはないんだが、あまりに開けっ広げっつうか生まれたままの堂々とした姿に視線を逸らしちまう俺は変か。イヤきっと品の違いだ。
「女性の前なんだから、見苦しい物は隠して欲しいわね」
非難じみてはいるが悲鳴でも何でもない、落ち着いた声が玄関から聞こえた。
「…ナミさん?」
慌ててタオルを引っ掴んだロロノアだけじゃなく、俺もちょっと驚く。「今日は仕事じゃねェ…よな。それにしても、普段より一段とお美しい!」
俺の仕事のパートナーであるナミさんは、黒いレザーのドレスを着ていて随分フォーマルだった。
「半分仕事、半分私情って所ね。マンションの管理人さんが娘さんの結婚披露パーティに出席するんだけど…身の危険を感じてるみたいなの」
「管理人って、ドクトリーヌだよな」
くれはという名前の、年齢不詳だが元気な婆さんだ。ただ本人の前でババア呼ばわりするとヒデェ目に合う。今は引退してるが、大きな医大病院を持つ元医者で…ここみたいなマンションも沢山持っている金持ちだとか。
「そういう事だから準備してちょうだい、サンジくん」
ナミさんはロロノアに視線を移す。「で、あんたがロロノア・ゾロね。サンジくんから話は聞いてるわ…。ちょうどいいし、一緒に来て。刑事さんがいたら事件が起こっても役に立つでしょうし」
「何で、初対面の女にそんな命令されなきゃならねェんだ」
奴はジロリとナミさんを睨んだが…。
一応タオルで前を隠したものの、その格好じゃあんまりにも威厳がなくて他人事ながら泣けてくるぞ、ロロノア。
「あら。言いたかないけどサンジくんはあんたの入院中の世話と、仕事もして大変だったのよ。私だってフォローに回って余分な手間も増えたわ。少しでも世話になったと感じてるなら、恩を返すのが人の道理ってもんじゃないかしら?お金は要求しないわ。貧乏そうだしね」
ロロノアは口をあんぐり開けていて反撃もできない。俺は奴に同情して言った。
「諦めろ、ロロノア。ナミさんに勝てる人間なんかいねェんだ」

会場であるホテルに着くと、パーティは既に始まっていた。
煌びやかな装飾にも料理にも、非常に金がかかっていそうで。綺麗な服を来たレディも沢山いて目の保養だな。来てる人間も多いが、ドクトリーヌの周りには人が集まっているのですぐ分かる。
「こんにちは。遅くなってごめんなさいね」
ナミさんについて俺も挨拶に行った。ついでだが、横にはロロノアと何故かくっついてきたエースもいる。
「ご機嫌麗しゅう、ドクトリーヌ」
ヘソが出るデザインの華美なドレスを来たドクトリーヌは、肩を竦めた。
「フン、ご機嫌なんて良くはないよ。義理の娘が結婚するって言うから仕方なく来たのさ」
結婚をした時にはドクトリーヌは既に結構な年で、彼女が産んだ子供はいないとナミさんに聞いたことはある。少なくとも表向きは。
「義母さんは意地っ張りだな。俺たちの時には式でさえ出てくれなかった」
そう苦笑いしてドクトリーヌの背後にいる初老の男は、長男だと紹介された。
「式みたいな堅苦しいのはごめんだね。今日はパーティ形式で気軽だっていうから来てやったんだ」
「だからってペットまで連れてくるんだから…でも来てもらえただけでも嬉しいけどね」
このパーティの主役である女性は、ドクトリーヌの傍にいる小型のトナカイを見下ろす。トナカイはびくっとして、白い布がかけてあるテーブルに隠れた。
「好きにさせておくれ。残された人生を楽しく過ごすんだよ」
ドクトリーヌは言い、持っていたカクテルグラスをぐっと空けた。
「そんな事言って元気だからな。親父ももういないし、俺たちの方が先かも…義母さん!?」
長男が叫んだ。ほぼ同時にドクトリーヌがガクリと崩れ落ちる。
当然ながら、会場内は騒然となった……。
「──ドクトリーヌの具合は?」
ナミさんが病室から出てきたので、俺は立ちあがった。
ここはドクトリーヌが持っている大学病院だ。長男と、長女が今日結婚した夫もここに勤務しているみたいだ。医者一家だな。
「命には別状ないみたい。意識も今取り戻したわ」
「話はできるか」
エースとロロノアが廊下を歩いてきた。「薬を入れた人間の心当たりを聞きたいね」
「やっぱり故意、か」
「ああ。カクテルから薬品が検出された。本来糖尿病に使う薬だってことだが量が過ぎれば…」
「そうか。指紋とかは?」
「色んな人間が触ってる。まあ、あんなパーティ会場じゃ当たり前だな。あのグラスを最後に渡したのはあんたらしいね」
エースが見たのは今日結婚したドクトリーヌの娘。
「そうだけど…まさか私を疑ってるんじゃないでしょうね!」
ヒステリックな金切り声にエースが耳を押えた。
俺も探偵は探偵だが、推理小説に出て来るようなそれとは違う。しかし、ドクトリーヌの家庭内事情が複雑そうなのは理解できた。話を聞けば、後妻で財産を食い潰しているんじゃないかと、何人かいる子供たちは戦々恐々だったという。
「あのね、ドクトリーヌは訴える気はないそうよ。だから刑事さんたちも引取ってくれって」
ナミさんが淡々と言った。
「そりゃ…参ったな。犯人を庇ってるのか?」
エースが珍しく困ったみたいに腕組みをすると、ナミさんは肩を竦める。
「さあ。私には何とも」
俺は暫く考えていたが、ノックして病室を覗いてみた。ベッドに座っていたドクトリーヌの冷たい一瞥が返ってくる。
「ドクトリーヌ、入っても…?」
「くだらない用事なら叩き出すよ」
一応許可は得たので、俺は会釈をして中に入った。ぞろぞろとエースやロロノアまで後に続く。
「むさ苦しいねえ。いったい何だい?護衛にならなかった詫びでもしに来たかね…」
「それもある、かな。レディを守れないのは俺の身上に反するし」
俺はロロノアの時とは大分違う豪華な病室を見回した。自分の病院だけに我侭が利くのか、トナカイもベッドの近くで座っている。
「ああ、まったくさ。頼りにならないね」
「けど自分で薬を入れたとしたら、俺たちにはどうしようもねェよ」
少し間があった。
「何でそんな風に思うんだい?」
ドクトリーヌは抑揚のない口調だ。年齢を重ねてるだけあって、ちょっとやそっとのことでは驚いてくれない。
「長年医者をやってきたあんたが酒に入ってた薬に気づかないとは思えなくてね。もしモウロクしてたとしても…」
ドクトリーヌに恐ろしい目で睨みつけられたので、俺は咳払いをする。「…失礼。しっかりしてるとしたら尚更。何か起こるかもしれないと感じて俺たちを呼んだんなら、飲み物や食べ物に警戒していないのはおかしいだろ。あの時、あんたは一気に酒を飲んだ」
「…で、ヘボ探偵さんはどういう結論に達したんだい。あたしゃ自殺するような人間じゃないよ」
「結論なんて程まとまっちゃいない。死んだと思わせておいて、例えば子供たちの動向を探りたかったとか──」
「違う!」
否定の台詞を発したのは…トナカイだった。
「喋った」
「トナカイが」
人間ってヤツはあんまり驚くと却って派手なリアクションはできないもんだ。俺たちが呆けて馬鹿みたいなやりとりをしていると、ドクトリーヌが厳しく諌めた。
「お黙り、チョッパー!いいんだよ、それで。あたしが死ぬとなったら、きっと浮かれたガキどもが何かしでかすと思ったしね。さあさあ、探偵さんは満足したかい?」
「ま…そういう事にしとくのが一番いいみたいだな」
俺が言うと、ドクトリーヌはニヤリと笑ってみせた。ナミさんはもう少しついているとのことで、野郎だけで病室を出て出口に向かう。
「報告はしなきゃなんねえし、俺は一旦署に戻る」
エースが外に出ると帽子を被った。「残念だ。せっかく退院祝いしてやるつもりだったのになァ。サンジ、今度邪魔の入らない時に会おう」
「お、おいエース」
俺の言葉は聞かずに、じゃあなと素早く俺の髪をくしゃっと掻き乱すとエースは足早にパトカーに乗り込んだ。
「──あんま隙見せんな」
後ろにいたロロノアが面白く無さそうにボソリと呟いた。
「隙だァ?」
「そんなんだから、エースに抱きつかれたりすんだよ」
それだけ言って、ふいと顔を背ける。
「てめェ何言ってやがんだ」
隙とか、そういう問題かよ。俺が苛々と煙草を咥えると、ドクトリーヌのペット(喋るのにそう言っていいのかどうか判断はつかねェが)のトナカイがバタバタと走ってきて俺たちの足元で転ぶ。
「おいおい…大丈夫かよ。忘れもんでもあったのか」
「じゃなくて!ドクトリーヌは俺を庇ったんだ。最近体の調子が悪いみたいだから…でも意地を張って治療とかも受けなくて。だから俺…長男の人に相談したんだ。それで教えてもらった薬を…」
俺は息をついて、トナカイを抱き起こしてやった。
「あのな。トナカイの証言なんかどこに出しても通用しねェよ。…だろ?」
ロロノアを見やると、奴も仏頂面で頷く。
「聞かなかった事にしてやるから、ドクトリーヌの所に戻っとけ」
騒ぎが大きくなったら、こいつはマスコミの見世物になるかどっかの実験台に連れていかれるだろう。ドクトリーヌはそれを踏まえて何もなかった事にしてしまいたかったんだ。
背中を押してやるとトナカイは再び躓きながらも、走って行った。
「さ…帰るか」
俺にとって、問題なのは喋るトナカイより隣でムッツリ黙り込んでるこの男だ。どうにも雰囲気が良くねェつーか。しかし、よく考えりゃ気まずいってのも変な話だぜ。俺は悪いことなんか全くしてねェんだからな。
マンションに帰り着いて、自分の部屋に入ろうとした俺にロロノアが話しかけてくる。
「おい、冷蔵庫に入れてた肉とかどうすんだ」
「んなの適当に…っても料理なんかできねェか…」
エースも一緒に食う予定だったから、結構大量に買ったしな。「仕方ねェなあ。腐らせんのも勿体ねェし、メシ作ってやるよ」
「偉そうに言うな」
相変わらずムスッとしながらも、ほんの少しロロノアの表情が柔和になったのは──俺の気のせいでもないらしかった。

 

-fin-

 02.10.3
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