I Have A Dream.


 


 数年前にシモツキ村に出来た喫茶店、バラティエ。
 こんな田舎の町に、嫁も無しにやってきた男二人に始めは村の人間は大層訝しげな顔をしてみせたものだ。オーナーが老齢で片足が義足。その息子と思われる男は金髪の銜え煙草でいかにもチンピラ。警戒心を持つなという方が無理な話であった。
 しかし、彼らは旨い飯とその人柄ですぐにその心の垣根を取っ払ってしまい、今では彼らの作る飯を目当てに県内外から足を運ぶものもぽつぽつと増え、すっかり地域に溶け込んでいた。

 基本的に店を切り盛りしているのは店長のサンジで、オーナーであるゼフは来ていてもキッチンで腕を揮っている事の方が多い。シモツキ村の村人の一人であるロロノア・ゾロも、最初はオーナーの存在を知らなかったくらいだ。

「おれはただの雇われ店長だよ。あのヒゲのジジイがここのオーナー」

 小学生の頃、小遣いを握りしめてミックスジュースを飲みに行ったゾロはそう聞かされて初めて、時折見かける老人の正体を知ったのだった。サンジ店長はいつまでこの村にいるのだろうか。いつかはこの村を出て行くつもりのゾロだが、その時までこの人はこの村にいるだろうか。
 中学二年生ですでに「無口」というキャラクターを確立していたゾロは、店が出来た時からの知り合いである店長のサンジにそれを聞けずにいた。

「今日はえらく不機嫌だな、マリモ君」
「……別に」

 昔は「こども料金」で飲ませてもらっていたミックスジュースに正規の値段を払わせてもらえるようになったのは中学に上がってからだ。「おれも老けるわけだ」と笑って五百円玉を受け取り、百円のおつりを返してくれた日の事は今でも覚えている。
 週に二回必ずやってきて一人でミックスジュースを飲んでいく無口な子供。そんな変な子供に、サンジはよく話しかけてくれた。
 今日も、傍から見れば全然表情の変わっていないゾロに対してそんな事を言う。

「そうか?」

 穏やかに微笑みながら、自分の為のコーヒーを淹れている。コーヒーは苦くてまずいと思うが、コーヒーの香りは好きだ。この香りが煙草のにおいと混じる、その匂いがゾロにとってのこの店の匂いだった。気持ちが落ち着く。

 問いかけは一度きり。何を促すでも要求するでもない沈黙。サンジがサイフォンを世話しているのを見るのが昔から好きで、アルコールランプで熱された湯がフラスコの中でくつくつと沸く音に耳を澄ませながらしばらくそれを眺めていた。そうしていると、勝手に口が開くのだ。

「……別に、不機嫌っつーか。今日……」

 突然話し出したゾロに驚く様子も見せず、サンジはのんびりとサイフォンの中を竹べらでかき混ぜた。勝手に話させてもらえるのがまた楽で、ゾロはまた沈黙を挟んでから口を開いた。

「クラスの女に、おれの夢を笑われて、ちょっとだけ腹が立った」

 弁明するみたいに、ちょっとだけ、ともう一度繰り返してしまい、それが格好悪い感じがしてゾロは思わず俯いた。ストローで薄桃色のミックスジュースを啜ると、ほの甘くとろりとしたジュースが舌の上で溶けて喉を通る。
 その女子に対して「お前の【可愛いお嫁さん】の方がよっぽどでけェ夢だな」と言い返してやったらなんだかんだで泣かせてしまい、大変後味悪く下校したのだ。せっかく今日は「ミックスジュースの日」なのに余計なケチがついた。

「世界一、な」

 今よりもっと子供の頃話したことを、そしてその夢が未だ変わっていない事をサンジは知っている。
 頷くと、サンジはうんうんと納得したように言いながらフラスコからカップにコーヒーを注ぐ。

「結論から言えば、レディを泣かせたお前が悪い」
「言うと思った」
「夢があるから偉いわけでも、夢がでっけェからすごいわけでもねェ。お前だってその夢を叶える為の自分の努力を誉めて欲しくてやってるわけじゃねェんだろ?」
「そりゃあ、そうだけど」
「だったら今は笑われたっていいだろ、かなえた時にはおれが褒めてやるんだから」

 世界一になる、と夢を打ち明けた時、サンジは「世界一になれたら、その時は全力で褒めてやる」と言ったのだ。
 最初はそんなの嬉しくも何ともねーと憎まれ口を叩いたものだが、今では――

「……うん」

 それが、強い心の支えだ。
 ゾロの答えに満足したようにサンジは目を細めて笑い、自分で入れたコーヒーで唇を湿らせた。

「店長はなんかねェのか」
「夢?」
「おう。それを叶えたら、おれも褒めてやる」

 そう言ってやると、サンジは、そうだなぁ、と考える素振りを見せた。
 本当は、サンジの夢を断片的に知っている。以前この店にきた時、サンジが仕入れで村を離れていて、ゼフと二人だけになった時があった。その時に聞いたのは、サンジは何かを探しているらしいことだ。青くて綺麗な場所。そこで自分の店を持つのが夢だと。
 その店を持つのはいつなのか、この村にいつまで居るのか。聞けない代わりに、軽口程度に問いかけてみる。

 そうしてサンジは口を開いた。

「おれも、可愛いお嫁さんかな」

 ごほっ。ミックスジュースが気管の方に入りかけてゾロは口を押えて咳き込む。はぐらかされたのは判るのに、動揺してしまって悔しい。
 くつくつと笑って再びコーヒーカップに口をつける男を涙目で睨み付けながら、ゾロは思う。

 その夢は、おれが叶えてやる。

 そう言ったら、この男を同じ目に合わせてやれるだろうかと。






Guilty As Chargedの麦茶さんよりお誕生日プレゼント戴きました!
年下ゾロの可愛さと年上サンジの優しさとかっこよさとか…もう好き過ぎて転がります。
むーたんありがとうー!!

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